麻歩の、寝たり食ったり喋ったり

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大学院へは行きません。進学を進学を諦めた経緯と考察

 書いている時に感情がズタボロだった時間があるのと、特定されないような書き方をしているので、読みづらい部分もあると思います。

 

 大学で、すごくショックな事があって、ずっと何も呟けずにいた。

 頭痛のイラスト

辛くてずっと言えなかった事

 元気なフリをする気力もなかったし、メンタル病んでます、と他人様に心配をかけるような発言をするのも気が引けたし、もし誰かに優しくされたら止め処なく涙が溢れて相手の方に迷惑をかけるかもしれないから、落ち着いて言葉にできるまでは人には話さないと頑なに決めていた。

 

 話の内容は、こうだ。

 

 何ヶ月もかけて準備して書いたものを、教授に全否定された

 

 大学生活では、よくある事だろう。

 

 修論が辛い、研究発表が辛い、貴方は何がしたいの?何も分かってないよねと言われて落ち込んだり、検索すると、努力の過程で辛辣な指導をされ打ちのめされた方々の呟きや嘆きのブログが、沢山出てくる。

 

 わたしは酷く落ち込んだり、自力で対処しきれない状況に陥ると、同じ状況で悩んでいる方がいないかと、インターネットの海の中を泳いで探してしまう癖がある。

 

 その海は深く果てしなく、泳ぐどころか時折溺れそうになり、解決に近づけない場合が多い。

 

 そんな事をするくらいなら、充分な睡眠を取るとか、将来のためになる勉強をするとか、建設的な事をすれば良いのにと頭ではわかっているのに、何時になっても、その手が止められない。

 

 教授に言われた通りに修正して、再提出すればいいじゃない、と思う反面、話をわかりやすく、面白くするために、少し脱線して身近なものに例える、わたし自身が仕事やブログで使っているトークスタイルを否定されたり、テキスト以外の参考文献やインターネットで調べた論文を読み漁った引用し、自分の意見を結論に持ってきた事を、講義の本質から外れている、と酷評されたのが流石に堪えた。

 

 あなたの提出内容に問題があり、評価に値しないと淡々と言われたのには傷つきました。

 

わたしの大学生活とのギャップ

 今までの大学生活では、面白い視点ですね、とか、貴方の疑問は研究に値します、などと言われ、研究ってこんなに自由なんだ!と嬉しく思ったものです。

 

 誰かが書いた本の要約をするだけなら、わたしじゃなくてもできるはず。

 

 元々わたしは、熱意のある学生でした。

 

 今回否定してきた方とは別の教授に、「こういう事をやりたいんですけど、どういった勉強をしたら良いですか?」「どのくらいの精度まで高めるべきですか?」などと具体的に質問するような子でした。

 

 丸写しやコピペじゃないよという意味や、参考文献沢山読むくらい本気なんだよ、という院試合格を視野に入れたアピールであった事も認めます。

 

 が、今回それが全て裏目に出てしまいました

 

 大人しく飲み込めばよかったのですが、わたしも納得できず言い返してしまったため、教授の印象は最悪。この世界の権威とも言える方の評価がダダ下がりしたため、もうこの世界にわたしの椅子はないな、と思ったのです。

 

 最悪大学を変えれば、という事も考えたのですが、この方の影響はとてつもなく大きい事が分かりきっているため、大学院進学を諦めました。

 

居場所を失った

 これを書いている今は、比較的落ち着いています。

 

 言われた当初は、納得できず、全人格を否定されたように感じ、消えてなくなりたいくらいの精神状態でした。

 

 食欲もなく、何もやる気が起きず、今までやってきた事の意味はなんだったんだろう、と打ちのめされ、無理矢理3食食事を摂っては、ネガティブなワードで検索を繰り返す日々。

 

 外に出るのも、人と会うのも億劫でした。

 

落ち込む生活の中から生まれた変化

 どうやってメンタルを回復させたかと言うと、最近仕事で手を抜いて自分を大切にする事を覚えたので通うようになった、マッサージの予約を強引に入れました。

  

 入れてしまえば、行かないと迷惑もキャンセル料もかかりますから、そうやって外へ出る理由を作りました

 

 また、今までは勉強のために、テキストを読み漁り、洗い物をしながら食器を洗い、勉強のための教材や動画などを聞き、手を動かしながら頭に知識を詰め込む隙間時間、ほぼ全て勉強に活用するようなライフスタイルを送っていましたが、今は笑っちゃうようなラジオとか、テンション上がる曲とか、面白い小説のオーディオブックとか、将来への投資とか関係なく、自分が楽しくなるためだけのコンテンツの視聴が多くなりました。

 

 本を開く元気もなかったし、テンション下がってやる気がない時に勉強しても、陰鬱な気持ちが増幅するだけで頭に入らないと思ったので、思い切って休む事にしました

 

 ちょっと高いジュースも飲みました。

 

 ドリンクスタンドで、1杯700円くらいする、映え好きの人が飛びつくような、わたしからしたら超高級ドリンクです。

 

 疲れてるから、いいよね。わたし頑張ったよね、と自分に言い聞かせて。

 

 それから、アニメのRe:ゼロを見ました。

 

 このお話は、主人公のスバル君が超絶良い子で、すごく強いとか特殊能力があるわけではないんだけど、絶望的な状況を、行動で回避しようとするけれど、大切な人を守れなかったり、信じてもらえない、評価されない世界で落ちたり、浮上したりしながら人と繋がっていく物語です。

 

 自分の非力さに落ち込んで何もできなくなったり、仲間に当たり散らしてしまったり、好きな人に敵意を向けられてスバル君が傷ついていると、こちらも見ていて辛くなってくるのですが、それでも諦めずに行動して未来を変えていく姿に大変勇気づけられました。

 

 頑張れー!って、思うのです。

 

 そうやってスバル君の応援をしていたら、自分が笑えるようになっている事に気がつきました

 

 きっと1日に、絶望や喜び、怒りや悲しみといった複数の感情を疑似体験できたからでしょう。

 

 もうネガティブ検索をするのもやめました。

 

 わたしの家は広くなくて、勉強する事をやめたら、家中大掃除しても、そんなにかからない。

 

 ゲームも1日中やりたいわけじゃない。バイトもシフト少なめにしてるから、大学院に行くための勉強をやめてしまったら、意外と暇なんですよ。

 

 これからどうやって生きていこう、と絶望していましたが、もうその気持ちはありません。

 

 進学のために用意していたお金や時間は、学位を取る為ではなく、趣味の勉強に使い、しばらくは気の赴くまま、その日読みたい作品や、昔好きだったお話の読書などに使い、残り少ない学生生活は、もう大学と揉めたくないので、学歴にこだわるのをやめて、先輩に聞いた単位が楽に取れる授業だけ出て、静かに大人しく卒業しようと思います。

 

 院に行かなければわたし自身の価値が下がるわけじゃないですしね。

 

 人を癒す、楽しませる職業の方は、本当に偉大です。

 

 Re:ゼロ作者の長月先生及び制作関係者の方々、優しく穏やかな口調、ちょうど良い距離感で接してくださるカイロ整体の先生、ドリンクスタンドのお姉さんetc。。。

 

 Re:ゼロの中で、すごく魅力的なものを持っているのに、育った環境のせいで自分に自信が持てず卑下してしまう登場人物が、主人公との交流を重ねて笑顔になってくれる光景が好きで。

 

 自分は自分らしく、そのままでいいんだ、と思えました。

 

 わたしは主人公とは真逆で道を諦めてしまったけれど、これから新しい人生が始まると思うとワクワクしています。

 

 何も大きな事を成せず、単なる消費者として一生が終わったとしても、幸せならそれはそれで良いと思いますし、時間ができたことで、これから人生を賭けられる何かと出会うチャンスが増えたかもしれません。

 

 とりあえず、体を鍛えたいので、楽しいコンテンツを聴きながら1日30分のウォーキングから始めようかな、と思っています。

 

 久しぶりに、素振りでもしようかしら。

 

 心は確実にまだ傷ついているし、モヤモヤやイライラがないと言えば嘘になるけど、起き上がってアニメのブルーレイディスクを交換したり、食器を洗ったり、エッセイを読んだりする元気は出てきました。

 

 まだ、これから何をしたらいいかわからないけれど、焦らずに考えていこうと思います。